2016年10月02日

小泉進次郎出演「朝日地球会議」の生配信を見て

朝日地球会議2016【ライブ中継】
次世代リーダーに聞く!「10年後の農業、2021年の東北、22世紀の日本に向かって」
というのに気がついて、30分くらいしての所から見始めたのだが、
ついつい面白くて最後まで見てしまった。
もう30分を越えるものは見たくないと思っていたが、
一昨日の朝生も面白かったし、単にくだらない番組が増えたから
見たいものが無くなっただけだった。

小泉進次郎の政治家としての素質は昔からわかっていたが、正直、
その理念や政治姿勢には予断を持ちすぎていたかもしれない。
1時間半も彼の講義を聴いて、見直す部分が多々有った。

特に、人口減少を強みにしていこうという考え方は、
ワタクシも以前から考えていた事であり、我が意を得たりだった。
単純に数合わせのための移民政策には反対という事も明言していた。
この事は、ワタクシの進次郎観からは、かなり意外だった。

しかし、最も希望を持ったのは、参加していた若者たちの素晴らしさである。
農業という地に足の付いた仕事に興味を持つ者ばかりだからだろうが、
物凄くしっかりした人たちばかりで、過去の自分が恥ずかしい思いだった。
こういう人たちには、日本分断工作者の老人叩きなどに与して貰いたくない。
まあ、あれだけの知性ある人々だから、杞憂だろうが。
posted by ごいんきょ at 15:23 | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

延焼までが炎上です

なんか漫才師が長谷川豊炎上に参戦してるんだけど。
応援したいならメールなり個人的にした方がいいんじゃないのかな。
せっかく本人が火を消そうとし始めてるのに、
憎悪の炎を絶やさないように燻り続けさせているというね。

延焼までが炎上ですという校長先生の言葉を思い出します。
posted by ごいんきょ at 15:08| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

朝まで生テレビ! 「原発」を見て

今回の朝生は原発だった。
高浜に停止処分が出たからだろうけれど。
それにしても、朝生で最初に原発をテーマにした時は、
謎の緊張感が向こう側に有って、よくわからなかった。
とにかくテレビではタブーの題材らしかった。

実の所、今でもその意味がよくわからない。
ただ、アメリカでは原発を追求したジャーナリストが
(間違い無く)殺されたりしていたのは知っていたけれど、
それは要するにアメリカひいては世界を貪る人外魔どもの話で、
彼奴らは宝石だの黄金だの石油だのでも同様の非道を頻繁にしてきたが、
日本では流石にそこまで切羽詰まった妨害も無かったのではないか。
それとも、昭和時代には有ったのだろうか。

今や、そんな緊張感は受像器の向こう側には無い。
ところが、カメラの枠から出た、実地の人々の方は
緊迫感を切実に感じまくりという、奇妙な逆転構図が生まれているのだ。
ワタクシの一押し、文化放送朝のハピリークラシックで宮川彬良氏が、
もう音楽で風刺をしていられない、現実の方が笑い種になっていると言い、
実例として、原発事故でアタフタしている日本が、
世界にその原発を大手振って売りまくっている構図を指し、
ブラックだと言っていた。至言である。

ワタクシが「安倍晋三が将来の日本に向けて放った複数の矢」と言った、
その一つがその問題だった。
何も無くて当たり前。
しかし、もし当該地で原発が事故を起こし、その国土や住民が
回復不能の結果となった時、日本が恨まれる可能性は大きい。
自国があれだけの事故に見舞われていたのに、面の皮厚く
よくも他国に売れたものだなと。
まさしく売国奴。国家の規範・威儀よりも、金勘定が最優先なのだから。
ワタクシがその国の住民なら、コイツらの頭はどうなってるんだ!?
と思うだろう。本当に笑い事ではないお笑い種である。

さて、番組内容だが、今更の話が多くて退屈至極だった。
池田信夫が小林よしのりに単語で変な噛み付き方をしていたが、
田原が盛り上げなかったために尻すぼみ。
やはり80も超えているし、年老いたというのが正直な感想だ。
昔だったらあの二人を焚きつけて、少し因縁を作るくらいの演出してたろう。
そういうのが面倒になってるんだろうね、意識しないうちに。
自分が持って行きたい方向にトントン進めてしまう。
当時とは放送時間も違うけれど。

それにしても池田信夫を見ていて思ったのは、
頭が良い人(なのだろう、多分)というのは、
どっかしらで極端に馬鹿なんだなあという、昔からの思いだった。
一生懸命に、この50年で命を失っているのは
原発よりも化石燃料の方が多いのだから原発の方が安全、
などという、普通の人間なら理屈なんか判らずとも、
いや、それだからこそ直感的に、そんなわけねーだろ!
と思う事を、堂々とあんなテレビの場で言えてしまうのだから。

そう言えば小林よしのりも、「懺悔」していたな。
確かにあの当時、彼は、制御棒が入ったのだから安全で、
騒いでいる連中は愚かだくらいの事を描いていた。
正確な表現は忘れたが、印象的にはそういう感じだ。
でもワタクシは、それはパニックを起こさないように、
メディア側にいる彼は、わざとそういう表現をしているのだろうと
ムリヤリ思い込もうとしていた。
そうでもないと、あまりにもお粗末な言葉だったからだ。

あの時点で既にネット上では、切羽詰まった日本の運命を
危惧する声に溢れかえっていたし、メルトダウンだってとっくに指摘され、
他ならぬワタクシだってそのような事を(名無しで)書き込んでいた。
容器に穴が空いていなければ、説明が付かなかった。
だのに小林は、「メルトダウンが起きているなんて、
まったく!思っていなかった」と言い、
あの時に暴言を吐いた事を懺悔するとまで言ったのだ。
なんと! あれは本気だったのか!(笑)
でも、彼にしては珍しく、よく認めたと思う。

ワタクシなんぞが付け焼き刃の知識で至った結論だから、
専門家や科学者は、みな解っていたはずである。
だからワタクシは、「メルトダウン」という言葉を絶対に使わない
政府(当時は民主党)にも科学者にも東電にも、破裂しそうな不信感を抱いていた。
だから昨夜の議論?は、5年経ってそこかよ!という思いである。

テレビその他で、アメリカの原発に対する危機管理は
しばしば報道されるが、なんと!いまだに日本は
そういう体制が出来ていないとか、その上で他国に売り出すとか、
もしかしたら日本の奥の院に、本気で日本滅亡を考えている
何者かがいるのではないか?と思いたくなるくらい、全てが異常だ。
なぜ危機管理体制をまだ作れないのか、構造的な原因を洗い出し、
改善に繋げないと、と言っても、あれだけの事故が起きて、
しかも5年も経っていてそれだから、きっと、この国の官僚も政治家も、
馬鹿と言うよりは気が狂っているのだろう。
金や欲得に。


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posted by ごいんきょ at 19:21| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

裁かれぬ第四の権力(0-3)

権力は放送内容に介入してはならない。
そんな言葉がいかに幼稚なものであるかを簡単に知りたければ、
関東地方の方ならテレビのチャンネルを3に合わせてご覧なさい。
そこは教育テレビと称して、終日、教育的な放送ばかりしている。

それはNHKであって一種の官僚だから民間放送とは違う、という意見は通らない。
過去の話ではあるが、民間放送でも放送内容が制限されていた局も有る。
教育放送何%、教養放送何%という具合にである。
今、テレビの箍(たが)が完全に外れて数十年経ち、
テレビ放送の成り立ちを知らぬ者が増えたから、
そんな初歩的なくだらない議論が巻き起こるのである。

テレビ登場当初の見識者たちは、テレビが社会にもたらす影響力を考え、
あまりにくだらない内容の番組は扱き下ろされたし、
そういう番組が闊歩し出すと、免許問題にまでも度々発展した。
テレビの歴史は、規制の影の歴史でもあるのだ。

今般問題になっているのは政権批判であって、
話が別だというのも通らない。
何故ならば今般、岸井を弁護する者どもは、
放送内容は表現の自由により不可侵という論旨を掲げたからだ。

という事は、NHK教育テレビの制作者たちが、
俺たちだって歌番組とかドラマ作って女優やアイドルと共演したい
ってな事を言い出しても、誰も止め立てが出来なくなる。
制限無き自由を認めるということは、そういう事だ。
極端な話、彼らがポルノを流しても文句は言えないし、
少なくとも政治が介入して止めさせる事はできないのだそうだ。
そんな馬鹿な?

いわゆる左翼どもは現状の社会が崩壊するのが嬉しいのだから、
自由を制限無く認めさせようとする。
しかし、普通の大人であれば、
仮にも保守だなんだと喚くような人間であれば尚更、
易々とそんな振る舞いに与してはいけないのである。

それにしても、あの「(私的)怒りの会見」をした連中は、
そして、その者どもをヤクザの難癖次元で弁護していた連中は、
一体なんのためにテレビ放送が有るのか、考えた事が有るのだろうか。
テレビ放送は、高邁な方々が「表現」を発露するために設けられた場ではない。
国民の福祉向上のために、共有の電波が使われているのだ。

だのに、今般の問題で、誰一人として、
国民はどう思っているのかを問題提起しない。
もう、その事だけで、アイツらが偽者だという事が丸分かりなのである。
国民は、庶民は、社会問題でテレビが一方的な見解をぶちまけるのを
支持しているのか、現実を見る勇気が有るのなら調査してみれば良い。
池上彰あたりもこの点で、ついに化けの皮が剥がれたなという感じだ。


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タグ:カスゴミ
posted by ごいんきょ at 00:32| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

裁かれぬ第四の権力(0-2)

放送局は一切の表現規制を受けてはならない。
もし、それに規制を加えようとする者は憲法違反だと、愚か者が合唱している。
そういう者たちは、放送局の外資規制についてどう捉えているのだろう。
どうせ高市早苗が女のくせに政治に口出しして気に食わないとか、
その程度のくだらない知見で反射的に噛み付いてるだけなのだろうから、
そんな事など考えた事も無いだろう。
だが、放送と表現を考える上で、これも絶対に避けては通れない問題である。

ワタクシの記憶に残る限りでは、放送局の外人株主比率が懸念されだしたのは、
時代もバブル直前で日本の状態が最盛期だった、昭和末期の話である。
それ以前もごく内輪では囁かれていたのかもしれないが、
ワタクシ如きの耳にまで聞こえるよう、一般的な報道に乗ったのはその頃だ。
TBSの株式で外人比率が高くなったとかで、言われてみればその頃、
懐かしのアメリカTVシリーズを深夜に次々と二ヶ国語で放送し始めていた。
その話を聞いて、妙に得心したものだ。

放送法では、こうした外人規制も謳われている。
それは株式保有すら制限されているが、各放送局の株式は結構な価値が有るから、
別に放送など全く興味の無い金の亡者もワラワラ群がってくる。
だから度々、放送局の株は放送法の規定を超えて、外人に握られる危機に晒されてきた。
そこで失念株などという訳の解らない姑息な手段などを弄して、凌いできている。
このような、株式の外人規制は、放送局の他にも設けられている。
下記に拠れば、他に航空事業と通信事業がそれに該当している。
http://www.dir.co.jp/souken/research/report/law-research/law-others/12100502law-others.pdf

なぜ外人が株式取得を規制されるのか。
恐らく、国防上の問題であろう。
常識的な大人としての見識が有れば、それら事業をみだりに外人の影響下に置く訳にはいかない
という考え方には、個別の賛成・反対はともかく、理解は出来よう。
もう、議論以前の常識的な問題として、放送事業は外国資本にしてはならないものであって、
それは特に日本だけの特異な文化でもなんでもないだろう。
現実に国家という概念で世界が構成されている以上、或る程度は仕方の無い事なのである。

では、先の高市発言に対して、なんたらの自由を高言し、放送局は偏向しても良いし、
表現を規制されてはいけないとご高説垂れた人々は、この規制をどう捉えるのだろう。
非常に限られたチャンネルで構成され、それでいてインフラ同様に普及している
地上波放送という媒体が外国資本に落ち、工作放送で国民が洗脳されたら亡国の事態である。
それを防ぐためにもそのような規制が有るのだと思うが、その辺はどう考えているのだろう。
そんな規制は差別的だし、報道・表現の自由にも反するから取っ払うべきだろう。
理想論から言えば。

しかし、数多ある事業の中で非常に限られた業態のみが外資規制を受け、
その中に放送局は入っている。
実は放送電波と言えども電波というのは軍事と密着した存在であって、
その辺の絡みも有っての規制なのだろうが、いずれにしても、
地上波放送事業者には通常の業態とは異なる心構えが要求されているという事なのである。

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posted by ごいんきょ at 23:42| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする