2016年03月14日

朝まで生テレビ! 「原発」を見て

今回の朝生は原発だった。
高浜に停止処分が出たからだろうけれど。
それにしても、朝生で最初に原発をテーマにした時は、
謎の緊張感が向こう側に有って、よくわからなかった。
とにかくテレビではタブーの題材らしかった。

実の所、今でもその意味がよくわからない。
ただ、アメリカでは原発を追求したジャーナリストが
(間違い無く)殺されたりしていたのは知っていたけれど、
それは要するにアメリカひいては世界を貪る人外魔どもの話で、
彼奴らは宝石だの黄金だの石油だのでも同様の非道を頻繁にしてきたが、
日本では流石にそこまで切羽詰まった妨害も無かったのではないか。
それとも、昭和時代には有ったのだろうか。

今や、そんな緊張感は受像器の向こう側には無い。
ところが、カメラの枠から出た、実地の人々の方は
緊迫感を切実に感じまくりという、奇妙な逆転構図が生まれているのだ。
ワタクシの一押し、文化放送朝のハピリークラシックで宮川彬良氏が、
もう音楽で風刺をしていられない、現実の方が笑い種になっていると言い、
実例として、原発事故でアタフタしている日本が、
世界にその原発を大手振って売りまくっている構図を指し、
ブラックだと言っていた。至言である。

ワタクシが「安倍晋三が将来の日本に向けて放った複数の矢」と言った、
その一つがその問題だった。
何も無くて当たり前。
しかし、もし当該地で原発が事故を起こし、その国土や住民が
回復不能の結果となった時、日本が恨まれる可能性は大きい。
自国があれだけの事故に見舞われていたのに、面の皮厚く
よくも他国に売れたものだなと。
まさしく売国奴。国家の規範・威儀よりも、金勘定が最優先なのだから。
ワタクシがその国の住民なら、コイツらの頭はどうなってるんだ!?
と思うだろう。本当に笑い事ではないお笑い種である。

さて、番組内容だが、今更の話が多くて退屈至極だった。
池田信夫が小林よしのりに単語で変な噛み付き方をしていたが、
田原が盛り上げなかったために尻すぼみ。
やはり80も超えているし、年老いたというのが正直な感想だ。
昔だったらあの二人を焚きつけて、少し因縁を作るくらいの演出してたろう。
そういうのが面倒になってるんだろうね、意識しないうちに。
自分が持って行きたい方向にトントン進めてしまう。
当時とは放送時間も違うけれど。

それにしても池田信夫を見ていて思ったのは、
頭が良い人(なのだろう、多分)というのは、
どっかしらで極端に馬鹿なんだなあという、昔からの思いだった。
一生懸命に、この50年で命を失っているのは
原発よりも化石燃料の方が多いのだから原発の方が安全、
などという、普通の人間なら理屈なんか判らずとも、
いや、それだからこそ直感的に、そんなわけねーだろ!
と思う事を、堂々とあんなテレビの場で言えてしまうのだから。

そう言えば小林よしのりも、「懺悔」していたな。
確かにあの当時、彼は、制御棒が入ったのだから安全で、
騒いでいる連中は愚かだくらいの事を描いていた。
正確な表現は忘れたが、印象的にはそういう感じだ。
でもワタクシは、それはパニックを起こさないように、
メディア側にいる彼は、わざとそういう表現をしているのだろうと
ムリヤリ思い込もうとしていた。
そうでもないと、あまりにもお粗末な言葉だったからだ。

あの時点で既にネット上では、切羽詰まった日本の運命を
危惧する声に溢れかえっていたし、メルトダウンだってとっくに指摘され、
他ならぬワタクシだってそのような事を(名無しで)書き込んでいた。
容器に穴が空いていなければ、説明が付かなかった。
だのに小林は、「メルトダウンが起きているなんて、
まったく!思っていなかった」と言い、
あの時に暴言を吐いた事を懺悔するとまで言ったのだ。
なんと! あれは本気だったのか!(笑)
でも、彼にしては珍しく、よく認めたと思う。

ワタクシなんぞが付け焼き刃の知識で至った結論だから、
専門家や科学者は、みな解っていたはずである。
だからワタクシは、「メルトダウン」という言葉を絶対に使わない
政府(当時は民主党)にも科学者にも東電にも、破裂しそうな不信感を抱いていた。
だから昨夜の議論?は、5年経ってそこかよ!という思いである。

テレビその他で、アメリカの原発に対する危機管理は
しばしば報道されるが、なんと!いまだに日本は
そういう体制が出来ていないとか、その上で他国に売り出すとか、
もしかしたら日本の奥の院に、本気で日本滅亡を考えている
何者かがいるのではないか?と思いたくなるくらい、全てが異常だ。
なぜ危機管理体制をまだ作れないのか、構造的な原因を洗い出し、
改善に繋げないと、と言っても、あれだけの事故が起きて、
しかも5年も経っていてそれだから、きっと、この国の官僚も政治家も、
馬鹿と言うよりは気が狂っているのだろう。
金や欲得に。


日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [ 矢部宏治 ] - 楽天ブックス
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [ 矢部宏治 ] - 楽天ブックス

日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか -
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか -
posted by ごいんきょ at 19:21| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

裁かれぬ第四の権力(0-3)

権力は放送内容に介入してはならない。
そんな言葉がいかに幼稚なものであるかを簡単に知りたければ、
関東地方の方ならテレビのチャンネルを3に合わせてご覧なさい。
そこは教育テレビと称して、終日、教育的な放送ばかりしている。

それはNHKであって一種の官僚だから民間放送とは違う、という意見は通らない。
過去の話ではあるが、民間放送でも放送内容が制限されていた局も有る。
教育放送何%、教養放送何%という具合にである。
今、テレビの箍(たが)が完全に外れて数十年経ち、
テレビ放送の成り立ちを知らぬ者が増えたから、
そんな初歩的なくだらない議論が巻き起こるのである。

テレビ登場当初の見識者たちは、テレビが社会にもたらす影響力を考え、
あまりにくだらない内容の番組は扱き下ろされたし、
そういう番組が闊歩し出すと、免許問題にまでも度々発展した。
テレビの歴史は、規制の影の歴史でもあるのだ。

今般問題になっているのは政権批判であって、
話が別だというのも通らない。
何故ならば今般、岸井を弁護する者どもは、
放送内容は表現の自由により不可侵という論旨を掲げたからだ。

という事は、NHK教育テレビの制作者たちが、
俺たちだって歌番組とかドラマ作って女優やアイドルと共演したい
ってな事を言い出しても、誰も止め立てが出来なくなる。
制限無き自由を認めるということは、そういう事だ。
極端な話、彼らがポルノを流しても文句は言えないし、
少なくとも政治が介入して止めさせる事はできないのだそうだ。
そんな馬鹿な?

いわゆる左翼どもは現状の社会が崩壊するのが嬉しいのだから、
自由を制限無く認めさせようとする。
しかし、普通の大人であれば、
仮にも保守だなんだと喚くような人間であれば尚更、
易々とそんな振る舞いに与してはいけないのである。

それにしても、あの「(私的)怒りの会見」をした連中は、
そして、その者どもをヤクザの難癖次元で弁護していた連中は、
一体なんのためにテレビ放送が有るのか、考えた事が有るのだろうか。
テレビ放送は、高邁な方々が「表現」を発露するために設けられた場ではない。
国民の福祉向上のために、共有の電波が使われているのだ。

だのに、今般の問題で、誰一人として、
国民はどう思っているのかを問題提起しない。
もう、その事だけで、アイツらが偽者だという事が丸分かりなのである。
国民は、庶民は、社会問題でテレビが一方的な見解をぶちまけるのを
支持しているのか、現実を見る勇気が有るのなら調査してみれば良い。
池上彰あたりもこの点で、ついに化けの皮が剥がれたなという感じだ。


日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [ 矢部宏治 ] - 楽天ブックス
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [ 矢部宏治 ] - 楽天ブックス
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか -
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか -
タグ:カスゴミ
posted by ごいんきょ at 00:32| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

裁かれぬ第四の権力(0-2)

放送局は一切の表現規制を受けてはならない。
もし、それに規制を加えようとする者は憲法違反だと、愚か者が合唱している。
そういう者たちは、放送局の外資規制についてどう捉えているのだろう。
どうせ高市早苗が女のくせに政治に口出しして気に食わないとか、
その程度のくだらない知見で反射的に噛み付いてるだけなのだろうから、
そんな事など考えた事も無いだろう。
だが、放送と表現を考える上で、これも絶対に避けては通れない問題である。

ワタクシの記憶に残る限りでは、放送局の外人株主比率が懸念されだしたのは、
時代もバブル直前で日本の状態が最盛期だった、昭和末期の話である。
それ以前もごく内輪では囁かれていたのかもしれないが、
ワタクシ如きの耳にまで聞こえるよう、一般的な報道に乗ったのはその頃だ。
TBSの株式で外人比率が高くなったとかで、言われてみればその頃、
懐かしのアメリカTVシリーズを深夜に次々と二ヶ国語で放送し始めていた。
その話を聞いて、妙に得心したものだ。

放送法では、こうした外人規制も謳われている。
それは株式保有すら制限されているが、各放送局の株式は結構な価値が有るから、
別に放送など全く興味の無い金の亡者もワラワラ群がってくる。
だから度々、放送局の株は放送法の規定を超えて、外人に握られる危機に晒されてきた。
そこで失念株などという訳の解らない姑息な手段などを弄して、凌いできている。
このような、株式の外人規制は、放送局の他にも設けられている。
下記に拠れば、他に航空事業と通信事業がそれに該当している。
http://www.dir.co.jp/souken/research/report/law-research/law-others/12100502law-others.pdf

なぜ外人が株式取得を規制されるのか。
恐らく、国防上の問題であろう。
常識的な大人としての見識が有れば、それら事業をみだりに外人の影響下に置く訳にはいかない
という考え方には、個別の賛成・反対はともかく、理解は出来よう。
もう、議論以前の常識的な問題として、放送事業は外国資本にしてはならないものであって、
それは特に日本だけの特異な文化でもなんでもないだろう。
現実に国家という概念で世界が構成されている以上、或る程度は仕方の無い事なのである。

では、先の高市発言に対して、なんたらの自由を高言し、放送局は偏向しても良いし、
表現を規制されてはいけないとご高説垂れた人々は、この規制をどう捉えるのだろう。
非常に限られたチャンネルで構成され、それでいてインフラ同様に普及している
地上波放送という媒体が外国資本に落ち、工作放送で国民が洗脳されたら亡国の事態である。
それを防ぐためにもそのような規制が有るのだと思うが、その辺はどう考えているのだろう。
そんな規制は差別的だし、報道・表現の自由にも反するから取っ払うべきだろう。
理想論から言えば。

しかし、数多ある事業の中で非常に限られた業態のみが外資規制を受け、
その中に放送局は入っている。
実は放送電波と言えども電波というのは軍事と密着した存在であって、
その辺の絡みも有っての規制なのだろうが、いずれにしても、
地上波放送事業者には通常の業態とは異なる心構えが要求されているという事なのである。

ヤクザと妓生が作った大韓民国 [ 菅沼光弘 ] - 楽天ブックス
ヤクザと妓生が作った大韓民国 [ 菅沼光弘 ] - 楽天ブックス
ヤクザと妓生が作った大韓民国 ~日韓戦後裏面史 -
ヤクザと妓生が作った大韓民国 ~日韓戦後裏面史 -
posted by ごいんきょ at 23:42| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

【連載】裁かれぬ第四の権力(0-1)

それにしても、今般の高市発言に関する小林よしのりの態度にはガッカリだ。
あまり好きではない人間なのだが、何故か長谷川豊が今回も
ワタクシと同じ様な立ち位置にいて、一生懸命に書いてくれているので、
あまりにも当たり前のことを細かく書くのは面倒臭いから、それを利用させて戴く。
それに拠れば、高市発言は次のようなものである。

長谷川豊 公式ブログ 2016年03月01日
「1つの番組でも選挙期間中、また、それに近接する期間に、殊更に特定の候補者や、候補予定者のみを相当の時間にわたり、取り上げる特別番組を放送したように、選挙の公平性に明らかに支障を及ぼすと認められる場合」また、「国論を二分するような政治課題について放送事業者が一方の政治的見解を取り上げず、殊更に他の政治的見解を取り上げて、それを支持する内容を相当時間におよび繰り返す番組を放送したように、番組編集が不偏不党な立場から明らかに逸脱していると認められるといった極端な場合においては、やはりこれは政治的に公平であるということを確保しているとは認められない」

「しかしながら、これまでも放送法第4条に基づいて、業務改善命令であったり、電波法に基づく電波の停止であったり、そういったことはなされておりません。基本的には放送事業者が、やはり自立的に、しっかりと情報を守っていただくということが基本であると考えております」

「どんなに放送事業者が極端なことをしても、仮にそれに対して改善をしていただきたいという要請、あくまでも行政指導というのは要請になりますけど、そういったことをしたとしても、公共の電波を使って、まったく改善されないということを繰り返した場合に、それに対して何の対応もしないということを、ここでお約束するわけにはまいりません。」

「私のときにするとは思いませんけれども、将来にわたってよっぽど極端な例、放送法の、それも法規範性があるものについて、何度も行政のほうから要請をしても、まったく遵守しないという場合には、その可能性がまったくないとは言えません」


どうです?
この文言に違和感を感じる一般人、いますか?
ところが、これに不思議なほど噛み付いているテレビ連中は、
こうした発言を細かくは伝えず、単に「総務大臣は電波を止めることが出来る」
と発言してそれは恫喝だ!と喚いているのである。
ワタクシに言わせれば、そのような恣意的解釈で貴重な放送電波を濫用し、
国政に遅滞を巻き起こして恬として恥じぬ放送局など、
それこそ即座に停波してくれと高市総務相に懇願したいくらいだ。
しかし、高市も安倍も、そんな事は一笑に付すだろう。

小林よしのりも、全文を知ってか知らずか、
『「電波停止命令」で民間の表現を規制するかもしれないぞと脅す』
などと書いていて、知性まで疑いたくなる展開を見せている。
上の発言から恫喝を感じるなら、もう、そんな放送事業やめてしまえ!
何が目的で放送してるのだ?
権力の批判結構。
だったら、少なくとも上の発言くらいで萎縮するなら、その資格は無いだろう。
でも、実は連中の目的は、権力批判ではないんだよね、今回。

もう何年も前から、ネット上では放送局の堕落と偏向に辟易した空気が蔓延していて、
その度に放送法や電波法の話は出ていたのだ。
それで、そういう連中が安倍政権に近い位置にありそうだ
(あると断定できていない推定で)というので、カスゴミが殊更に過敏になっているのだ。
今回の一連の件の隠された本質は、実は旧来カスゴミ対インターネットの構図なのである。

岸井成格の「メディアとしても(安保関連)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」
という発言は、非常に恐ろしいものである。
それは、新聞とテレビが一体となっている、世界的にも稀有なほど
歪んだ日本の言論空間に安穏と長年生きてきた者の、驕り高ぶった言葉である。
「我々がその気になれば国民を洗脳することが出来る」という、
ネット登場以前なら通じていたであろう盲信なのだ。
それで見ている側から問題にされたからって、まさかその憤懣を我々相手にぶつけたら
化けの皮が剥がれてしまうので、矛先を叩きやすい政権側にしただけなのだ。

だから高市発言が穏当か穏当でないかは彼奴らにはどうでも良い。
法文に明らかに「総務大臣は(中略)制限することができる。」等々と書いてある以上、
質問が出れば当然、総務大臣が制限を加えられることは否定できない。
そこを否定するくらいなら、法律が存在している意味が無い。
そこはもう、裁判で争う部分なのだ。
高市早苗は現職の総務相として、求められるままに法文を説明したに過ぎない。
自身のブログでも困惑している。
「総務相、電波停止に言及」報道に驚く

完全なる出来レースであろう。
民主党議員に質問させ、当然出てくる回答の揚げ足取りにもならぬ
ヤクザ並みの理屈づけで因縁をつけまくり、高市早苗と安倍政権にレッテル貼りをしている。
きっとその意図は、安倍叩きではなく、二度と岸井たちが世論誘導したがるのを
ネットの連中に邪魔させてたまるかという、旧来第四権力者周辺による「恫喝」なのだ。
一連の流れを見ていると、そう見える。
一つ前の当ブログ記事でも、カスゴミどもの恣意的報道の酷さに触れた。
発言をきちんと正確に伝えず、自分達の都合の良いように改変して報道するのである。

ワタクシは小林よしのりの過去の仕事を尊敬しているし、
道場という試みにも敬意を持っている。
その彼が、こんな馬鹿馬鹿しい動きにまんまと乗ってしまったのが非常に残念だ。
ライジングという有料配信でもこの件で書いていたが、
資料を全く使わず印象操作に終始した駄文と言わざるを得ない。
正しい高市発言にすら触れていない。
そりゃ、触れたら攻撃のしようが無くなるからだろう。卑怯としか言えない。
どうしてそこまでしてムキになるのか、皆目見当が付かない。ただの意地なのか?

日本のテレビ・新聞は、第四の権力とまで称される力を持っている。
その辺に関しては、今後の連載の中で触れていきたいと思うが、
端的に言えば、新聞とテレビという二大マスコミが一体となっているという事だ。
一人の経営者が、新聞とテレビを用いて気に食わない存在を糾弾することも可能だし、
事実、そういう例だって皆無とは言えない。

三権というものが有る。
司法・立法・行政で、よく叩かれている安倍内閣は行政であり、
裁判所が司法、国会が立法というのは、中学社会科で習ったろう。
そして、それらは理念としては、相互監視のために存在している事も。
勿論、そんな理念は現実社会では機能していないのだが、
一応の形としては相互監視が出来ていて、故に建前も出来ている。

だが恐るべき事に、第四の権力には監視者がいない。
と言うより、有ってはならぬものだと、今回高市を叩いている連中は高言する。
表現の自由は侵されてはならぬものだと。
すると治外法権なのか、放送局は?
或いは宗教団体が関連企業まで動員して、局の株式を乗っ取ったらどうなるのだ?
巧妙に宗教勧誘や他宗排斥を目的とした番組を並べだした時、
誰が、どのような理念で、どの様な手段で、それを規制するのか。
それとも、それも規制してはいけないのか。

小林は、共産党政権になった時も考えろのように言うのだけれど、
億が一にも有り得ないとしても、その場合は仮にも国民に負託された政権である。
だが「第四の権力」は、国民による試験も、追試も、何も必要としていない。
それは代議員たる存在に任されていたのだが、今回、それが恫喝されてしまった。
放送の暴走を理性的に止められる者は、もう、いない。
「自由」を高言し、殊更に濫用する者は、「自由の敵」である。


【中古】 テレビよ、驕るなかれ放送の原点を問う / 岡本愛彦 - 伊藤書房ネット事業部
【中古】 テレビよ、驕るなかれ放送の原点を問う / 岡本愛彦 - 伊藤書房ネット事業部テレビよ、驕るなかれ―放送の原点を問う -
テレビよ、驕るなかれ―放送の原点を問う -
posted by ごいんきょ at 18:04| 芸能音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

朝まで生テレビ正月SPを半分見て

なんだか自民党の地方議員だかが視聴者席で発言していたとかで、
ヤラセではないかと一部で騒いでいたのだが。
実際に見てみると、そんなに問題か?という感じだ。
たしかに、局側の仕込みではあったのだろう。
その辺の問題は有るとしても、完全な素人に時事問題を
生放送で発言させるのは危険だとか、テレビには色々な制約は有る訳だ。
あの程度の演出は、許容範囲ではないか。

問題は、発言者が自民党に有利になるような作り事を話したか
という事なのだが、そんな論旨ではまったく無かった。
ネット上では、発言者が苦笑しながら渋々、「民主党時代よりは…」
と言っていた部分だけを取りあげて論っていたが、
発言のほとんど全ての部分ではアベノミクスに実感が無いと言っている。
そのあげくでの、「民主党時代と比べて」と促されて、
苦笑しながらさすがにそれはどうかなという感じで答えながら、
それでも最後は、自分にも周りにも恩恵は感じないと言っている。

こうした全体を書かずに一部だけ取りあげて論うというのも、ヤラセである。
たしかにその人物も局側も、感心できない形での出演ではあるが、
きちんと本名で出て顔出ししている以上、必要以上の悪意も無いだろう。
それよりは、発言の一部を切り取って、全体の論旨と正反対の内容を流布し、
事実の全体像を掴めなくする方にワタクシは恣意的操作を感じる。
かの人物の発言には、そういう恣意的操作の意図は感じられなかった。
比べれば、ワタクシはデマを流す人間よりも彼を支持する。

小林よしのりが、慰安婦問題を最後に持ってきて、
それが時間切れでできなかったのがおかしいと言っているが、
当然、それも偶然では無いだろう。
局側としては出来れば扱いたくない問題だったろうから、
本当は最初から議題にしなければ良かったのだが、
小林を呼ぶための餌だったのか、これは田原総一朗は、
少なくとも小林本人には誠実に説明した方が良いと思う。

そんな田原が、日本での保守とリベラルに関して総括して、
参加者の全てが納得し、「見事な総括」とまで言われていたけれど、
そんなに見事な総括かね?
田原が言っていたことをかいつまんで書くとこうだ。
保守というのは新自由主義で、規制を取っ払って競争社会にする。
すると格差が広がるのでリベラルが伸びる。
リベラルが出てくると格差を小さくするために
バラマキをするので財政が圧迫される。
だから次には競争原理の新自由主義が出てくる。
そして日本では、リベラルも自民党だったと言うのだな。
すると参加者の多くが大きく頷いていた。

みんな、小沢一郎が自民党を割ってしまうまで、
革新勢力が今よりもはるかに強かった事を忘れてるんじゃないか?
社会党・共産党は言うに及ばず、公明党も(田原の言う)リベラル色が強く、
加えてその応援団やマスコミの威勢も強かった。
だから野党も威信に関わるような政策では徹底的に抗ったし、
主に田中派の面々は野党とのパイプ(笑)も太く、
妥協した結果として、自民党にもリベラル色が出ていたって事だろう。
例えば消費税だって、当初は野党の激しい抵抗でポシャった歴史が有る。
べつに自民党が国民の格差拡大を憂えて取り止めた訳では無い。

振り返れば、いや、振り返らずとも当時から解りきっていた事だったが、
結局は消費税が、日本経済を死地へと導く死神だった。
竹中平蔵が、どこまで本気かは知らないけれども、
消費税を上げなければアベノミクスは成功していたと言っているが、
ワタクシは、上げなかっただけでは足りなかったと思う。
やはり一時的にでも間接税は無くし、
直接税をバブル前の税率に戻すのが最善だったと思う。

番組中、その直接税の一つである法人税減税と消費税増税の額を比較し、
カラクリを暴いていた者がいたが、ワタクシの知る限り、
表舞台であの手の話が出たのは初めてだったので吃驚した。
しかし案の定、彼の発言は完璧に近い形で無視された。
消費税を上げなければ日本経済が破綻するなんて話は、大嘘である。
でないのであれば、何故そういう論を大向こうから振りかざす
個人でも団体でも、法人税減税には一言も文句を言わないのか?

IMFだのなんだのの外圧(笑)にしても全く同じで、
消費税増税見送りの時には猛烈に日本経済を心配してくれたのに(笑)、
法人税減税を決めた時には波風一つ立たなかった。
なんという茶番だろう。
しかしそんな茶番も、カスゴミが消費増税の必要性ばかりがなり立てるので、
多くの国民は洗脳され仕切ってしまっている。
そして、それほど消費増税が必要だと必死の論陣を張った新聞社様方は、
一社の例外も無く、新聞軽減税率に懸念を表明しなかった。
と言うよりも、導入するように必死の形相だった。
世も末という砂の味のする言葉を噛み締める日々である。
posted by ごいんきょ at 13:08| ノンセクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする